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揺らぎを受け入れる社会へ〜グループリビング川崎COCO宮内〜

自由な暮らし。自分らしく、ともに住まう。

人は幸福、心地よさを求めつつ生きる
それを求めるとき、一人でなく、自分を取り巻く人達と
それぞれの得意を出し合って、喜びを分かち合い悲しみをなぐさめあって
幸福、心地よさを得ていく
もちろん、支えられる人・支える人、同じラインの立ち位置で
自主的に自分ができることを提供することで、提供する人・受ける人
双方で喜びが生まれる
喜びは感謝になり、提供してくれた人と同じ様に
提供していきたいと思うようになる
これが良循環の始まり
良循環の輪が広がっていくことを期待して

グループリビング川崎COCO宮内20周年記念誌より抜粋

1. 幼いころの記憶〜私の祖父の異変

私が祖父の異変に気付いたのは、祖母が入院してからしばらくしてのことでした。それまで家族の中心にいて堂々としていた祖父が、少しずつ変わり始めました。たまに怒り出したり、独り言を言ったりするようになり、母や叔父たちは何度も家族会議を開いて対応を話し合っていました。

記憶の中で特に鮮明なのは、祖父が台所で血まみれになっていた日のことです。「お爺ちゃんが血まみれ!」と母が慌てて叫び、家族全員が駆けつけると、祖父は台所の椅子に座り、ぼんやりと遠くを見るような目をしていました。包丁を誤って手に当ててしまったらしく、傷は大きくありませんでしたが、家中に血の跡が残り、家族は大騒ぎでした。「人様を傷つけたわけじゃなくて本当に良かった」という声に安堵しつつも、どこか虚しさが漂う時間でした。

私はただただ悲しかったのを覚えています。祖父がそんな状況に追い込まれるほど孤独や不安を抱えていたことに気付いてしまったからです。それ以上に、いつか自分も同じように年老いていくのだという漠然とした恐怖感が心の奥にのしかかりました。祖母に続き祖父までも…。その重さは子どもながらにどうしようもなく大きなものでした。

家族は祖父を守ろうと、彼を制限された環境に置きました。「迷惑をかけないこと」が最優先され、祖父の自由は縮小されていきました。当時は当然のことだと思っていましたが、今では本当にそれが祖父のためになっていたのか、疑問に感じています。

私の心に浮かぶ問いは、単純でした。家族が祖父を守ろうとするその行為の中に、本当の意味での「安心」や「尊厳」はあったのだろうか。私たちは、守ることと縛ることの境界線をどこに引くべきなのか。そして、「助ける」とは、相手の可能性を制限することなのか、それとも可能性を開くことなのか。

そしてその答えを探していた私が偶然出会ったのが、グループリビング川崎COCO宮内という場所です。

2. COCO宮内の掲げる「自立と共生」

表彰式での集合写真

昨年20周年を迎えられたCOCO宮内を運営するNPO法人グループリビング川崎が10月の第60回川崎市社会福祉大会 (主催:川崎市・川崎市社会福祉協議会)で「川崎市長賞」を受賞されました。

COCO宮内は「自立と共生」を合言葉に、生活者が主体となって暮らし方を決め、地域の人々と様々な形で関わるグループリビングです。ここでは、高齢者がただ「支えられる存在」ではなく、地域とつながりながら、自分自身で役割を果たしていける場所が提供されています。

私は以前運良くお邪魔させていただく機会をいただき、コロナ禍まで何度か朗読会をさせていただきました。ど素人の朗読にも関わらず暖かく受け入れていただいたことを今でも感謝しています。

3. 地域包括ケアシステムの本質〜ともに学び、成長する場〜

「地域包括ケアシステム」とは、高齢者をはじめとするすべての人が、住み慣れた地域で自分らしい生活を続けられるよう、医療・介護・福祉のサービスを一体的に提供する仕組みです。地域全体が「支え合いの場」として機能し、人々が互いに役割を果たしながら共に生きる社会を目指す考え方に基づいています。

設立者の原理事長が語った「このシステムで最も大切なのは教育です」という言葉は、私に深い気づきを与えました。ここでいう教育とは、学校で知識を教え込むことではありません。それは、共に生きる中で互いに学び、成長していくプロセスそのものを意味していたのです。

どんなに優れたシステムも、それを支える人々の意識が変わらなければ機能しません。「人の意識をどう変えられるのか」。この問いこそが、これからの社会に求められる本質的な課題なのではないでしょうか。

生産性を重視する従来の教育とは異なり、これからの社会には「生き方を学び合う教育」が必要なのかもしれません。そして、その学びの場は必ずしも学校だけではない。日常の中で、互いの違いを認め、支え合う関係性こそが、真の教育なのだと感じています。

この考えがどのように日常の中で形を取るのか、私はここで出会った田中さんの姿から学ぶことになりました。

4. 田中さんとの出会い

COCO宮内で出会った90歳の田中さん(仮名)は、脳梗塞と大腸がんを経験し、一時は車椅子生活を余儀なくされていました。でも、リハビリや日々の暮らしの中で、また自分の足で少しずつ歩けるようになった方です。

田中さんはとても明るく、毎日笑顔で「幸せ」と口癖のようにおっしゃる人でした。ある日、私はその言葉の理由を尋ねてみました。すると、彼女はこう答えてくださいました。

「私、以前は歩けなかったのよ。車椅子から降ろしてもらえなくて。悔しい思いもしたの。でもね、ここにお世話になってからまた歩けるようになった。最初は1歩進んで2歩下がることばかりでね、何度も嫌になったわ。」

「でも、今思えば、あの時が今の私を支えてくれてるの。もちろん今だって若いころのように歩けるわけじゃないし助けも必要。でもそれでいいの。」

5. 退歩にも意味がある

田中さんが教えてくれたのは、「退歩」の価値でした。進むだけではなく、時に下がることも大切だと。

「何歩下がっても、その間に考えたり試したりすることは、無駄なんかじゃないの。それがあったから、今の私がいるのよ。」

地域のサポーターや他の入居者が励ましてくれたり、一緒に考えたりしてくれる時間が、彼女を支えてくれたのだと笑顔で話してくださいました。

6. 「回復」とは何か

COCO宮内での経験を通じて、私は「回復」という言葉の本質を考え直すようになりました。生きている限り、人は常に動き、変わり続けています。回復とは、定まった安定に戻ることではなく、揺らぎ続ける変化の中で新しいバランスを見つけることなのだと気づきました。田中さんの生き方も、まさにそうでした。彼女は衰えを「失うこと」ではなく、「成熟」として受け入れ、その中で新しい喜びやつながりを紡いでいたのです。

7. つながりが紡ぐ意味

田中さんの変化には、COCO宮内でのつながりが大きく関わっていました。皆が彼女に寄り添い、彼女の試行錯誤を見守り、一緒に喜ぶ。それが、彼女に「揺らいでいても大丈夫」という安心感を与えたのです。
このつながりこそ、地域包括ケアの本質だと思います。支える側と支えられる側を分けず、互いに寄り添いながら歩む。その中で生まれる小さな経験や会話が、揺らぎの中に意味を紡ぎ出すのです。

8. ただ、そばにいるということ

人は誰でも、進めなくなる日があります。それは2歩進んで3歩下がるような日かもしれないし、ただ立ち止まる日かもしれません。そんな時に、「もっと頑張れ」と言われるのは、どこか苦しく感じるものです。

そういう時、必要なのは無理に前を向く言葉ではなく、ただ「隣に座ってくれる存在」なのかもしれません。たとえば、「今日は温かい飲み物でも飲みながら、ゆっくり話をしませんか?」と声をかけるような、そんな距離感。

田中さんの言葉や祖父との記憶、そしてCOCO宮内での学びを通じて感じたのは、助けるとは必ずしも何かを解決することではないということでした。それは、一緒にその時間を過ごし、その揺らぎを分かち合うこと。それがあるだけで、人はまた次の一歩を踏み出せるのだと思います。

9. 結びに代えて 揺らぎを受け入れる社会へ

人生には、揺らぎも退歩もつきものです。でも、その揺らぎを否定せず、一緒に受け止めてくれるつながりがあれば、どんな日々にも意味が生まれます。

設立から20年。コロナ禍も乗り越えて、COCO宮内は大きな転換期を迎えています。表彰式で久々にお会いした原理事長は、「みんな歳を取っちゃって気力はあっても体力がね…」と苦笑いされていました。それでも、その言葉の裏には地域とともに歩み続けてきた確かな手応えが感じられました。

2歩進んで3歩下がったとしても、それを『1歩下がった』と見るだけではなく、『5歩分の学びを得た』と考える。揺らぎの中でこそ見つかる意味を、社会全体で大切にしていけるならば、誰もが安心して老いや困難と向き合える、温かな未来が築けるはずです。祖父との時間、田中さんの言葉、そしてCOCO宮内で感じた人と人とのつながり。そのすべてが、これからの社会で私たちが大切にしていきたいものだと感じています。


<この記事を書いた人>
散歩主/市民文化局コミュニティ推進部
うどん県の山奥出身。
区役所での地域みまもり支援センターなどの勤務を経て、本部署勤務となる。趣味は本を読むこと。
座右の銘は「足るを知る」「上善水の如し」。憧れの人は老子で、無為自然な生き方を目指している。最近糖質量が気になっており、audiobookを聴きながら散歩に勤しんでいる。マンションが好きで、散歩中に通りがかる度にニヤニヤしてもっぱら怪しまれている(らしい)。

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